当時、その支社に勤務していて、実際に、現場状況を目の当たりにした同僚と、その後、飲む機会がありました。
その同僚は、最初、その話題に触れようとしませんでしたが、酔いがまわると、少しずつ、話し始めました。
『そのときは、もう、無我夢中だったけど、どこか、冷静だった。 仕事モード、だったよ。
何日かして、少し落ち着いてきたころ、ふっと、気が抜けたのかもな。
大通りに散乱してる瓦礫の山を見て、前のきれいな大通りを思い出したら、いきなり、
涙が出てきたんだ。
いや、ぜんぜん、悲しくないんだよ。 それなのに、蛇口が壊れたみたいに、涙が止まらな
いんだ。』
その同僚は、しばらく、無言で芋焼酎のグラスを回していましたが、ぐっと、グラスの中を飲み干しました。
『その大通りは、今じゃ、ぴっかぴかのビルが並んで、前よりずっと、きれいになってる。
でもな、たまーに、夢に見んだよ。
その、きれいな大通りが、瓦礫に埋もれていくんだ。
前以上に、ごっつい造りの頑丈なビルが、軒並み、上のほうから、大通りに向かって、
崩れていくんだよ ── 』
その現場を経験していない僕は、ただ、黙って、その同僚を見守るしか、ありませんでした。
一度、離婚を経験した人は、よく、こう言います。
── 皆に祝福されて、結婚式を挙げた。 新しい家庭を、ふたりで築いて行こうと思った。
そこには、確実に幸せな時があった。 まさか、それが、こんな結末になるとは思わなかった ──
そして、それは、新しい道を進もうとするとき、また、大きな瓦礫、壁ともなります。
たとえば、もう一度、新しく家庭を築こうとするとき。
本来なら、嬉しいはずの道が、ことごとく、いばらの道となるのです。
なぜなら、新しく家庭を築くための、ひとつひとつのステップ ── そこには、そのすべてにわたって、
前の結婚のトラウマという瓦礫が、覆いかぶさっているからです。
トラウマ、というものは、必ずしも、悪いものではありません。 それは、直感的にであれ、考え抜いた
末であれ、相手を見極める際の慎重さを、引き出してくれるものですから。
けれども、新しい道を進むためには、そのトラウマを、瓦礫を、自分自身の力で、切り開いて行かな
ければなりません。
このブログを読んで下さる方には、離婚を経験された方も、多いと思います。
縁あって、ふたたび家庭を持たれるとき、その過程で、きっと、トラウマと対峙するでしょう。
いま、再度、家庭を持っている方も、再婚のとき、同じ思いで、涙を流した方も多いのではと思います。
でも、これだけだは、覚えておいて下さい。
その涙は、決して、弱さゆえの涙ではない。
それは、自分の中のトラウマと戦って、打ち勝つための、自分の力、強さのあらわれ、なのです。
相手をじっくりと検討して、最後に決断したなら、もう、泣いたりしてはいけません。
自分の中には、強さがある。 幸せを築き上げる、強さが。 ── だから、
だから、前へすすめ!